初挑戦

 昨日、事務所に、ある区議選立候補予定者が訪ねて見えました。20代の初挑戦とか。党派も違うのに訪ねてくれるその気持ちは、とても嬉しいこと。話を聞きながら、自分の初挑戦のことを思い出していました。
 私の初挑戦は、もう16年前、1991年のこと。30代でした。今思えば、あの頃は、今よりもずっとたくさんの区民が、ずっと熱心に、またずっと活発に、区政に関わろうとしていました。「市民ネットワーク1991」という市民グループができ、区長選でも「市民選対」を組み、岩波前区長に対抗してたたかいを挑みました。
 あのときの争点は…そう、「新庁舎建設計画」。新庁舎というのは、今の中央館。200億を越す経費をかけて新しい庁舎を作る必要があるのか!なかなかすさまじい攻防でした。私は、この新庁舎問題に加えて光が丘病院の再建問題を取り上げました。初めての選挙、一生懸命だった。争点を探し、政策を掲げ、しっかりと訴えれば支持を得られる。そう、思っていた。8万枚もチラシを作り、ひとりで、何ヶ月もかけて、練馬区中にまいたっけ…。本番の600枚近いポスターに、、「光が丘病院を区立に!」というシールをあとで貼ってまわったりもしたんですから、大したエネルギーです。
 結果は、590票でした。間違いなく、「たった」590票でした。選挙としては惨敗。同じ選挙では、市民運動で顔を見せた何人もが「無所属新人」として立候補しました。皆、個性的だった。リヤカーを引いて訴える人、選挙期間をフルに使って、やっと1人でポスターを貼り終えた人…。皆、落選したけれど、皆、気概は人一倍でした。
 しかし、結局、いちばん票が少なかった私をのぞいて議員にはなれませんでした。1991年は、「市民運動」が政治にもっとも近づいた年であり、そして、それ以来、バブルがはじけるのと歩調をあわせるように、この運動は政治の表面から姿を消していきました。一度、奥深く自治と生活の中に分け入ることがなければ、力強い「市民」の声は響いてこない。私は、そう思ったものです。
 でも、今、思えば、あの時初挑戦したあの人、この人には、区政に対する明確なスタンスと、これをしたいというはっきりした主張があった。自分の力で道を開こうという勇気があった。新らしく区政に挑もうという人たちにも、そうであてほしいな、と思います。
by ikejiriseiji | 2007-01-28 23:22 | 選挙 | Comments(0)

練馬区議会議員・池尻成二


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