縁があって、社会事業大学の「学祭」に行ってきました。もともと事実上の「単科」大学なので学生の数も多くはなく、「学祭」といってもこじんまりとしたものですが、そのぶん、一人ひとりの学生の顔がよく見え、声も、動きも柔らかな、とてもやさしい空気の「学祭」でした。
清瀬市の大学がある一帯は、まだまだ豊かな緑が残り、武蔵野の広々とした風景が残っています。おりから立冬を間近に控えた時期、樹木は色づきを深めるさなかで、しかもその色色の多彩なこと。暖かで穏やかな日差しが色づいた木々のあいだから差し込んで、癒される時間と空気を味わうことができました。
「学祭」といえば、私が大学にいたころは、まだ政治的なスローガンを大書した立て看がならび、社会的な関心と熱気がくすぶっていたものです。あたりまえですが、その頃とはずいぶんと変わりました。でも、今日、感じた学生たちの空気は、無関心でも無気力でもなく、保守的な気風でもありませんでした。
やわらかさは、いろんなものを受け入れ、包み込むことができる。今日の日差しのような暖かさは、何かを育てることができる。学生生活も、大学を取り巻く環境も、きびしく、めまぐるしく、過酷でさえある社会とはどこか隔絶しているけれど、だからこそ時間をかけて、じっくりと育てられるものもある。
もっともっと目を見開いてほしい。もっともっと知ることに飢えてほしい。やさしさに、すり切れない強さを織り込んでほしい。月並みかもしれませんが、期待したい、と思ってしまいました。
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# by ikejiriseiji | 2005-11-06 00:06 | 雑感 | Comments(0)

「歌」の力

10月20日に、「愛・街・平和 シャンソンの夕べ」を主催しました。歌は水樹ユキさん、ピアノは藤原和矢さん。ゆめりあホールが文字通り“立錐の余地のない”ほどで、すてきなコンサートになりました。
よい歌には、生活が、生活する人々が、人々のたたかいが深く、熱く刻み込まれている。よい歌を通して、人は、時代や場所を越えて、共感を通わせ、空気を共有することができる。歌によって、私たちは、自分の生きる世界と自分の時代の空気をつかみ直し、見つめ返すことができる。そんなことを、ずっと思ってきました。そして、今回のコンサートで、そのことを強く、確信し直しました。世界中で、さまざまな時代に、歌われ、叫ばれ、ささやかれた歌。戦争を憎み、愛する人をいとおしみ、生まれ育った故郷をしのぶ歌が、まるでわがこと、わが時代のように響き、訴え、共鳴してきます。
 ダムの底に沈むふるさとを歌った「水の底に沈んだまち」
  子どもたちへの深いやさしさにあふれた「子どもを抱いて」
   19世紀後半、パリコミューンの記憶とともに歌い継がれた「さくらんぼの実る頃」
    痛切な非戦・反戦の歌「リリー・マルレーン」と「脱走兵」
     北アイルランドの“血の日曜日事件”をきっかけに生まれた「私の愛した街」…
録音を、また、聞き直しています…。最後は、皆で歌った「ケサラ」
抑え切れない怒り/こらえきれない悲しみ
そんなことの繰り返しだけど/決して負けはしないさ
僕たちの人生は/平和と自由もとめて/生きていけばいいのさ

# by ikejiriseiji | 2005-11-03 23:16 | 市民の声ねりま | Comments(0)

「リタリン」という薬

「リタリン」という薬を知っていますか。
「向うつ薬」に分類される薬で、依存性が強く、東京都なども乱用薬物の一つとして注意を喚起している薬です。この薬の製造元が、こんな「適正使用のお願い」を出しています(1999.10)
リタリン錠・散は中枢神経興奮作用を有する塩酸メチルフェニデート(第一種向精神薬)の製剤で、本剤の連用により薬物依存を生じるおそれがあることから、慎重にご使用いただいていることかと存じます。また、最近、マスコミでも取りあげられました注意欠陥/多動性障害(ADHD)等のいわゆる小児の行動異常に対する本剤の使用は、承認されている「効能又は効果」の範囲外であります。

このリタリンが、ADHDなどの子どもたちに多用されている事実に、今、驚かされています。
飲んでいる子どもたち、飲ませようかと迷っているお母さん、お父さん、飲ませてもらいたいと感じている学校の先生、ちょっとだけ立ち止まってみませんか。
薬を使えば、確かに落ち着くかもしれない。薬を使えば、確かにトラブルは減るかもしれない。薬を使えば、確かにストレスから逃げられるかもしれない…でも、体を壊したら、心が崩れたら、大変です。大丈夫ですか。
学校は学校らしく、薬よりも支援を。抑制よりも受入れを。議会で「リタリン」のことを取り上げました(ホームページhttp://www.ikejiriseiji.net/を見てください)。これからも取り上げます。
# by ikejiriseiji | 2005-11-02 23:50 | 教育 | Comments(1)

人を見捨てる重さ

 ある障害児が、学童クラブへの入会を拒否されました。両親が働いているという点では、健常児とまったく同じ、いや健常児以上に支援を必要としているのに、障害があるという理由で特別な枠をはめられ、そして障害の程度が区の認める範囲でないからと選別される。
 障害が軽くはないといっても、少しばかりの手厚い体制と少しばかりのふくらみのある大人の目があれば、きっと障害のない子どもたちと楽しく遊べただろうに。
 そしてそんなクラブ生活が、その子にとってもきっと大きな刺激となっただろうに。
 そして何より、お父さんもお母さんも、日々の不安からとりあえずは解放され安心して仕事を続けることができただろうに。
 一人の子どもの大切な何年間かと、ひとつの家庭の大切な支えとなるはずの学童保育を、切り捨ててしまった練馬区。酷なことをします。どんなに切実で痛切な支援を必要とする区民であっても、役人にとって、結局は他人事なんだ、とはき捨てるような台詞が思わず口をついてしまいます。人のいのちと、人の生活の根底を左右しているのだという、大きな責任と重い覚悟が、区の中からどんどん失われているように思えてなりません。
# by ikejiriseiji | 2005-11-01 22:16 | 子育て | Comments(1)

白子川源流まつり

30日は、白子川源流まつり。東大泉の井頭公園には、たくさんかの子どもたち、たくさんの市民。水、畑、緑の樹木…。ここが23区とはちょっと思えないすてきな空間と時間でした。主催したのは、「白子川源流・水辺の会」。大雨のときは湧水を圧倒する下水管からの汚水と格闘し、渇水のときは日に日に狭まる水場に身を寄せ合う魚たちを身を挺して守り、しかも水と川を通して人をつなぐ地道な活動に「敬意!」。それにしても、あの「黒めだか」、わけてほしかった…娘を連れて行くんだった、と今頃悔やんでいます。
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# by ikejiriseiji | 2005-10-31 20:13 | 緑・まちづくり | Comments(0)

練馬区議会議員・池尻成二


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